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ハンセン病歴史と年表 その5

1966(昭41)年
bullet愛生園に授産施設畳工場できる(7月1日)。
bullet楽泉園の労外従事者が事故で3名死亡、2名重症、池原工業の道路工事に従事していたが、通勤車が路面の凍結のため谷に転落したもの(12月6日)。

1967(昭42)年 

bulletインドのアクラ市に「インド救らいセンター」が完成。初代所長に宮崎松記就任(1月30日)。
bullet最高裁、朝日訴訟に対し「上告人朝日茂の死亡により本件訴訟は終了した」と判決(6月24日)。
bulletFIWC関西委員会による学生達の汗の結晶として奈良に回復者の社会復帰のための宿泊施設「交流の家」が竣工する(7月30日)。
bullet全患協は年金運動旬間を設定。本部。支部で署名、請願、ハガキ陳情など一斉行動(10月20〜31日)。

1968(昭43)年 

bullet柴田健治(衆・社)議員の呼びかけで超党派による「ハンセン病対策議員懇談会(議懇)」が発足。38人の衆参議員が入会する(2月20日)。
bullet各園に先がけ、全生園付属高等看護学院設立(4月7日)。
bullet藤楓協会の肝入りで「療養者社会交流用バス」3台、全生、楽泉、青松の各園に配置(9月27日)。
bulletJLM(日本キリスト教救らい協会)の援助で、日本ハンセン病盲人テープライブラリーが多磨全生園盲人会館内に設立される(12月27日)。

1969(昭44)年 

bullet敬愛園に回復者授産の大島紬工場開設(6月10日)。
bullet藤楓協会よりの社会交流用バス7台の伝達式行われる。これで全園に行きわたる(9月19日)。
bullet藤楓協会の企画で各界有識者15人による「らい調査会」発足(10月3日)。
bulletらい調査会第二回会合に全患協、過去の行政にけじめをつけ、抜本的な改善を図ることを申し入れる(10月13日)。

1970(昭45)年 

bullet全患協が不自由者看護の実態調査を行う。未切替不自由者3135入、看護助手600人を必要とすることが判明(1月10日)。
bulletらい調査会答申「年金と外来診療について」が出される(8月9日)。
bullet社会復帰者を主人公にした中山節夫監督の映画「厚い壁」が完成。一般公開を前に恵楓園で試写会(1月12日)。
bulletらい調査会答申の「自用費」方式に沿って、慰安金、被服費など日用品費が統一した給与金制度となる(4月1日)。

1971(昭46)年 

bullet東村山身患連(身体障害者・患者団体連絡協議会、会員1800人)の結成式が全生園で開催される(4月16日)。
bullet全患協第十八回支部長会議(於大島)に沖縄2園代表がオブザーバーとして出席。本土復帰後全患協加盟を満場一致可決する(5月7日)。
bullet愛生園で自治会事務所、売店を火災焼失(9月28日)。

1972(昭47)年 

bullet藤楓協会斡旋による「療養所巡回胃検診車」が完成。新宿御苑で「ひかり号」命名式(2月19日)。
bullet全患協、13施設の患者総数9520名、平均年齢55.5歳と発表(6月1日)。
bullet沖縄本土復帰(5月15日)。
bullet愛生園の「青い鳥楽団」、大阪朝日座で演奏会を行う(5月29日)。
bulletインド救らいセンターの宮崎松記所長がニューデリー郊外での日航機墜落事故で死亡(6月14日)。
bullet東京虎ノ門、日消ホールで「ハンセン病療養所の医療を充実させる総決起集会」が全患協と友好団体によって開かれ、参加400人が集会後、首相官邸、国会、厚生省、日比谷公園コースをデモ行進し差別と低医療の実態を都民に訴えた(7月3日)。
1972(昭47)年 
bullet豪雨のなかで全生園の事務本館と講堂がほぽ全焼(7月12日)。そこから一つの冤罪事件が派生する。

1973(昭48)年 

bullet宮城県唐桑町の町長選挙に回復者の鈴木重雄が立候補したが193票差で惜敗(3月14日)。
bullet一ツ橋の教育会館で開催された第二回障都連文化祭に多磨盲人会バンドが出演(6月3日)。
bullet東村山市庁舎で全国ハ病療養所々在地自治体代表者会議が設立総会を開催する(7月18日)。
bulletハンセンのらい菌発見100年を記念して第十回国際らい会議がベルゲンで開かれる(8月18日)。
bullet青松園で海底ケーブル敷設により外部へ直接電話が掛けられるようになる(3月20日)。
bullet恵楓園で「悪臭とハエの来襲に我慢できない」と抗議していた養鶏場公害について、付近の業者と漸く協定に調印、解決(11月12日)。
bullet全生園で営繕作業場より出火し、木工部、プレス工場、動物飼育部を全焼する(11月17日)。

1974(昭49)年 

bullet物価の狂騰と物不足が療養所の生活を直撃し、全患協が食糧費と燃料費の緊急措置を厚生省に要求する(1月18日)。
bullet松丘保養園入り口付近で真っ先に目に付く記念碑的建物であった旧監禁室が大雪のため倒壊する(2月3日)。
bullet「砂の器」映画化に全患協、橋本プロデューサーに慎重な配慮を要請(3月19日)。
bullet全国ハンセン病囲碁選手権第十回記念大会が天理市の別所母屋で開催される(5月31日)。
bullet社会復帰者研修道場が準備段階から12年、宮城後保護指導所(社会福祉法人・藤楓協会東北農場)として正式に発足す(10月1日)。

財団法人・社会福祉法人 藤楓協会さんの資料を引用させて頂きました。

 

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