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「上下青のお洋服をお召しになった3才のI君を、お母さまがお探しになっております。いらっしゃいましたら4階婦人服売り場までご連絡くださいませ。」
ある百貨店の中子供が迷子になって、従業員にも手配のアナウンスが何度も流れてい ます。
従業員の人たちはフロアーを手分けしながら探しているものの、なかなか見つかりません。
もう少し詳しい特徴を聞こうと、母親のところへ行ったところ、その母親は1階へ買い物に行ってしまって不在でした。
すると「3才のI君のお母さま、お子様が6階食器売場でお待ちです。」と、今度は母親のお呼び出しが流れました。
結局子供は勝手に4階から6階へ、母親も勝手に4階から1階へ・・・
大変な思いをして探してくれたお店の人に、一言のお礼の言葉も残していきませんでした。
周りの人たちが自分の子供を探してくれている時に、待つべき所に居ないで買い物に行ってしまうのはちょっと違うような気がします。
百貨店だけではなく遊園地などでも迷子のアナウンスを聞きますが、子供が預かり所 で待っているのを知っていながらもうひと遊びしてから迎えに行く親がいます。
預かり所にいる事で、安心しているのでしょうが、迷子になって親を待っている子供の不安な気持ちや、面倒をみている人達の好意を考えたことがあるのでしょうか
自分の子をみてもらうのが当たり前とか、その時間は自分のフリータイムと勘違いしてないでしょうか?!
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「あのーうちの子が迷子になったみたいなんですけど」と、母Aが言ってきました。
百貨店の人が店内放送を頼もうとした所に、「うちの子も居ないんです」と母Bも言ってきました。
館内放送はもちろん、お店の人達は店内は勿論、近くの駅や公園まで探しに行きました。その間母Aは、いつも通るルートや行きそうなポイントをお店の人達に説明したり、ご主人に連絡をしたりして子供が見つかるのを待っていました。
母Bは半狂乱で、「うちの子は勝手にどこかに行く子じゃない!誰かに連れていかれたのよ」を連呼し、あげくの果て「何かあったら主人に怒られるぅ!」と泣き崩れました。
結局警察に届けを出してから15分後、なんと隣の駅のホームで、二人一緒に保護されたのでした。
言葉もまだうまく交わせない子供二人が仲良く手を繋ぎ、大人の波に流されながら電車に乗ってとなりの駅まで行ってしまったのです。
子供たちも無事に母親のところに戻ってき、母Aはお店の人達に深々と頭を下げながらお礼を言い帰ろうとした所、母Bがいきなり「お宅の子が連れ出したのよ!もう少しで主人に怒られるところだったじゃない!」と叫んで帰っていきました。
ちなみに母Aは偶然会った友達と立ち話中、母Bは書籍売場で立ち読み中で、その時は子供たち2人共近くの玩具売場で遊んでいた間の出来事でした。
どちらも子供のそばに居なかったのは同じです。
子供が居なくなったのは誰のせいか責任を問うのなら、どちらかの母親でも、どちらかの子供でもなく両方の母親ではないでしょうか?
また、なにかにつけて「主人に怒られる」というのは、本当の心配は子供の安否ではなく自分が怒られることなのかと疑問が残りました。
とにかくなんでも責任転換するのではなく、どうして迷子になり、自分の不注意と改めるべき事を考える事大切だと思うのですが・・・
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公園で遊んでいる子供たちを背に、母親たちは井戸端会議中です。
そんな中、C君がいきなり泣きながら母親のところに飛び込んできました
「D君が叩いたぁー!痛いよぉ」
目を釣り上げてD君の所の駆け寄った母Cと母Dは、どんな状況だったのか聞く事もせず『どうして叩くの!何てことするのかしら!乱暴なんだから』と怒りました。「だってぇ・・・」「だってじゃありません!謝りなさい!」の繰り返しです。
ついにD君までが大泣きになってしまい、C君は母親に抱かれながら帰っていきました。
D君の泣きやむのを待っていると、一緒に遊んでいた女の子が「先にいっぱい叩いたのはC君なのに・・・」とつぶやいたのです。
子供同士のけんかで親が入る以上は、冷静になって、子供たちから優しく平等に話を聞く事から入るべきではないでしょうか?
一方的に一人の子供だけを怒るのではなく、事の成り行きを両方からちゃんと聞き平等に叱り、仲直りまで対処していくことが大切だと思うのですが・・・
ちゃんとしたフォローまで出来ないで子供のけんかに入ることは、とても無責任であり、助けを求める子は「お母さんに言いつけるぞ!」が武器になってしまうの危険性もあるのではないでしょうか?!
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ある時EちゃんとFちゃんが、けんかを始めました。
もちろん激が、飛びました。
「Eちゃん!F!いいかげんにしなさい!」・・・とEちゃんの母親が怒ったのです。
最近自分の子に「ちゃん」、もしくは「くん」付けで呼ぶ親が増えたように思えます。それと同時に、友達の子供を親しみをこめてか呼び捨てにするケースも多くなった気がします。
自分の子に「ちゃん」を付けていて人の子を呼び捨てにしていては、はたから聞いているとどちらが自分の子供なのかわかりません.
「ちゃん」を付けることで愛情を表し、呼び捨てにすることで親しみを表すということなのかいまいち釈然としないのです・・・
ただ自分の子供に「ちゃん」を付けるなら友達の子供にも「ちゃん」を付ける習慣をつけていたほうが良いのではないでしょうか?!
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姉妹(若しくは姉弟)の様な親子関係で、一緒にどこかに出かけたり、気軽になんでも話せるのはとても素晴らしいことだと思います。
でも、精神的にも子供と同じレベルになり過ぎてしまってはいないでしょうか?
やはり「きょうだい感覚」の中にもしっかり大人として、親としての威厳があるかが問題ではないかと思うのですが・・・
Fさん親子はとても仲が良く、姉妹のような関係です。
ある時、Fさんは仕事のミスで上司にきつく叱られました。
家に帰ってから早速母親にその件を話します。
「たかがこの位のことでそんなに怒らなくてもいいと思わない?」というFさんの問いかけに母親は、「そんな人無視してればいいのよ」という」簡単な答えをし、「もぉー、こんな口うるさい会社やめたぁーい!」と言うと、「本当にひどいねぇ 辞めちゃいなよ」というアドバイスをしました。
せっかく子供が愚痴をこぼせる良い関係なのに、親としての適切なアドバイスが出来ないのなら、意味がないように思えます。
「いじめられたらいじめ返せ」「嫌な奴は無視しなさい」「いやだったら辞めていい」
同年代の友達や本当の姉妹の中にだって、もっとましなアドバイスをすると思えるのです。せっかく姉妹のような付き合いが出来るのなら、子供に対してワンランク上の大人としての常識をふまえ、学校生活や社会生活にプラスとなるアドバイスをし、「やっぱり相談してよっかった」と思われる様にしていくべきではないでしょうか?!
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Hさんの家庭では、母親をはじめ父親のことを「K君」と呼んでいます。(ちなみに母親のことは「お母さん」です。)
子供たちが小さい時は何も問題は無かったものの、長男が大きくなるにつれて色々な問題が起きはじめました。
中学生のうちからたばこを吸いはじめたり、お酒を飲みはじめたり、事態はだんだんエスカレートするばかりでした。
自分一人で抱えられなくなった母親は、ついに「K君に言いつけるわよ」と切り札を出しました。
そんな言葉を聞いた長男は、「K君なんて怖くないよ!あんなの父親じゃないよ」と平然としていました。
確かにいろんな要素があっての結果なのでしょうが、その一つの要因に、父親を「K君」と友達の様に呼んでいるうちに「父親」という概念が子供の頭から消えてしまい、同等の立場になってしまったのではないかと感じるのです。 だいたい「君」で呼ぶ間柄というのはもともと友達同士の間柄で、且つ年齢が同じ場合であり年上の人には「さん」を付けるものではないでしょうか?
子供に「お父さん」「お母さん」と呼ばせることが、お互いにその意識付けの第一歩になるように思います。
姉妹感覚や友達感覚の中にも必ず守るべきポリシーやセオリーがあり、それらが無いと「親」という立場、威厳が無くなってしまい、子供から見下されるだけになってしまうのではないでしょうか?
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Iちゃん家の一家揃っての夕食の時間、同じクラスのSちゃんのことが話題に上がりました。「Sちゃん家って離婚していて、お母さんは日曜日もお仕事なんだって・・・」「ああ、だから日曜日によく電話を掛けてくるんだなぁ」「きっと、何処にも連れてってもらえなくて暇なんでしょ」と話していました。
次の日Iちゃんは学校で友達に言いました。「Sちゃん家って離婚してるんだってさぁ。お母さん日曜日も仕事だから何処もいけなくて、すぐ私のところに電話してくるんだよ」
それからIちゃんは、何かにつけてSちゃんに「離婚しているから」「今日もお母さん仕事なの?」と言うようになりました。
Sちゃんは小学校の入学前に両親が離婚してから、傷つき、寂しい思いもしながら、それでも明るく過ごしてきました。
友達の誰よりも早いうちから「離婚」という言葉を体で覚え、母親と誰に迷惑をかけるでもなく頑張ってきたのに、Iちゃの言葉に深く傷つき、学校に行きたがらなくなりました.結局Sちゃんの母親は担任の先生に相談をし、保護者会でこの件を一つの議題に取り上げてもらいました。
言った子を責めるのではなく、人の生き方や人権について、興味半分で無責任に話すことの危険性を親がしっかり認識しなくてはいけないことを話し合ったのです。
その甲斐があってか、次の日からIちゃんは「離婚」という言葉を投げかけなくなったそうです。
子供のいる所での会話は本当に注意して欲しいものです。
子供は大人の会話にとっても興味があり、聞いていないようでも耳はダンボになっているのです。
そして子供の世界で(親の知らない所で)親の話してたことを、表情や口調までそっくりに話します。
自分の言っていることの意味はもちろん、そのことが相手にとってどんなに傷つくことなのか全然わかっていません。
子供の友達いじめのきっかけは、親のうわさ話から・・・ということも多いのではないでしょうか?!
また、「なんで大人の話を聞いていたの」「なんであんなこと言ったの」などと子供を後で叱ることよりも、その話題がどういうことなのか、なんで言ってはいけないことなのかの説明をすることが、親の(自分のまいた種の)責任ではないでしょうか?!
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ある中学校で盗難が続きました。
お弁当や体育着、そしてお財布ごと無くなったりお金だけ抜かれていたりで、当然問題になりました。
保護者会の時、その件について一人の母親が、「物をとる子は、母親が仕事をしている家庭のお子さんです。だってお金には不自由させない代わりに、肝心の愛情が足りないのですから・・・そういう子は、愛情にうえているから物をとるんです!」と自信満々に言いました。
その場は、先生の「まだ誰が取ったのか判らないのに、そういう想像だけで決め付けるのは問題です」という言葉で終りました。ところが保護者会の後、先程の母親は何人かの母親を集めてお茶のみをしながら、あいかわらず「母親が仕事をしている家庭の子が犯人」説を演説していました。
次の日から当然子供たちの間でもそのことが話題になり、該当する子供たちは(今のご時世、クラスの半分は母親がパートを含め仕事を持っているのに)母親が仕事をしていることが禁句となってしまいました。
共稼ぎの家庭=不良の子
専業主婦の家庭=良い子
本当にこの方定式は成り立つのでしょうか?
一つの方程式にとらわれ、信じ込んでいたり、偏見で決め付ける考えを親が持っていることの方が恐ろしいことだと思うのです。
片親だからとか共稼ぎだからというだけで、何かあると風当たりが強く「やっぱり」で納得してしまってよいのか疑問です。
両親が揃っていて母親が専業主婦の家庭の子供でも警察のお世話になる場合もあるし、片親や母親が働いている家庭の子供の場合もあります。
良い子の場合も同じです。
一概にそれだけを理由にし、それが総べての原因と決め付けることが偏った人の見方を子供たちに教えているのではないでしょうか?!
物事を自分本位に、単一的、短絡的に判断する事になってしまうように思えます。
また本当に母親が仕事をしている子供は愛情が足りないのでしょうか?
ずっと家で子供と一緒にいれば、愛情が溢れているのでしょうか?
一緒にいるだけでそれが愛情を掛けていることだと、自己満足にひたっているケースが多いいように感じられるのです。
大切なのは一緒にいる時間の長さよりも、どんな時間を過ごすか、どんな会話をするか(また子供に何を教え、伝えるか)その内容だとおもいます。
その為には「偏見」を持たず冷静に物事をとらえ、判断できる様に、親がしていかなくてはいけないのではないでしょうか?!
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子供服の販売員の人達はとにかく子供好きが多い様で、よくお店の人がお客様の子供をあやしていて、その間母親が洋服を吟味している光景を見かけます。
Aさんが子供の服を買いに行った時のことです。
気に入った服があったのですが、サイズが見当たらずお店の人に聞こうと思い周りを見ると、お店の人は先にきていたお客さんの子供が外に出て行かないように、ぬいぐるみなどを持ってきて悪戦苦闘をしていました。
「このTシャツの100cmはありますか?」と声をかけるとお店の人はAさんに笑顔で「はい。少々お待ちくださいませ。」と答え、あやしていた子供を母親の元に連れていこうとしました。
ところが子供はいうことを聞かず、またお店の外へ行こうとします。
お店の人はAさんの接客につこうと思ってもその子供が心配でなかなかAさんのところへいけなく困っていました。
そんな中かんじんの子供の母親は・・・というと相変わらず商品を見ていて知らん顔です。
他のお客さんが来たのも、声をかけているのも気づかない振りでした。
結局Aさんは、「後できます」とお店を後にしました。
某百貨店の中にある婦人服のーゲンの時のことです。
店頭にたくさんの人が(子連れの母親も)並び、開店と同時に走り出します。
目的のお店についたとたん子連れのCさんは、いつも子供と遊んでくれるお店の女の子に自分の子を「見ていてね!」といって預けました。
いつもと違ってお客さんは大勢で身動きすら出来ない状態ですし、彼女もしなくてはいけないことが沢山あり超多忙です。
Cさんに丁重に断ると、「いつもみてくれているのにどうしてだめなの?!もうこんな店じゃ買わないわよ!」と怒鳴ったかと思うと、子供をそのまま残して人ごみの中へ入っていきました。
結局彼女は、何気なく子供の安全を確認しながら仕事をしていました。
販売員は販売をすることが仕事です。子守りが仕事ではないのです。
たとえ好意で見ててくれたとしても、お店の人が他のお客さんの接客が出来ないような状態になっても知らん顔では営業妨害と同じです。
その時の状況を見ながらマナーを守りたいものです。
どんな時でも面倒を見てくれるのが当たり前と思ったり、他のお客さんが入ってきても自分のところに引き寄せずそのまま知らん顔ではマナー違反ではないでしょうか?!
やはりどんな時でも状況を見ながら、そして周りに迷惑をかけていないか、母親としてのマナーを持つべきではないでしょうか?!
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前記の続きの様になりますが、やはり洋服屋さんでお店の人がお客さんの子供と遊んでいました。
そこへ他のお客さんが声をかけてきたので、母親のもとへ連れて行き「ちょっと待っていてね」と言って接客につきました。
すると先程の子供は店内を駆けずり回りはじめました。
母親はたまに「走ったらだめよ」と言うだけで後は知らん顔です。
そんな時いきなり子供が泣き出しました。
つまづいて転んでしまったのです。
あわてて子供に駆け寄った母親はお店の人をにらみつけ言いました。
「あなたがちゃんと見ててくれなかったからいけないのよ!!」
本当にお店の人の責任でしょうか?
子供が駆けずり回っていることも、お店の人が接客していることも知っていながら知らん顔をしていた母親の責任は無いのでしょうか?!
疑問が残ります。
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