|

|
二十歳になったTさんは、ある雑貨屋さんに転職しました。
社員は店長のKさんと今回入社したTさん、後は週に3日だけのアルバイトの子の3人でやっている小さなお店です。
勤務体制は早番と遅番との2交代で、早番は開店させる責任、遅番は閉店させる責任があります。
Tさんが早番のある日、遅番のKさんが出勤するとお店がまだ開いていませんでした。
Kさんはあわててお店を開けながら、Sさんに何かあったのではと心配していました。
そんなKさんの前に何食わぬ顔をしてSさんが出勤してきました。
そして言い訳です。
「お母さんがぁ、カレンダーにシフトを書き間違えちゃってぇ、今日は遅番だと思って起こしてくれなかったんですぅ・・・ちゃんとお母さんにおこってきましたから!」
その上最後まで自分が遅刻したことに対して誤まりませんでした。
二十歳にもなって自分の仕事のシフトをカレンダーに書き込んでもらううえに、朝起きる時間の責任を母親に委ねていて、それに対して子供に怒られ謝る親子関係。
手取り足取り世話を焼くから子供が責任感を失くしてしまい、なんでも「母親のせい」にして自分が悪くないと主張するようになってしまうのではないでしょうか?!
自分の責任としてやらなくてはいけないことが母親の義務になってしまっているから、何かミスがあると責任を持つべき人が母親になってしまい、社会でも堂々と「母親が悪い」という説を唱えてしまうのだと思います。
Tさんが最後まで謝らなかったのも、「自分が遅刻したのは母親のせいで、自分は悪くない」と信じて疑っていないからです。
親としてなんでも世話を焼くのではなく、社会人としての自覚や持つべき責任と常識を教える事の方が大切ではないかと思います。
|
|

|
おもちゃ売場で子供が、展示されているおもちゃにをまるで自分のものの様にやりたい放題遊んでいたり、棚の引き出しを開けたり閉めたりいたずらしています。
側にいた母親は笑いながら言いました。「ホラ、お店の人に怒られるから辞めなさい」
その言葉を聞いた子供は、必ず「怒られるかなぁ」と不安気にお店の人の顔色をうかがいます。
また何をしても母親は怒らず、目に余ったお店の人が注意をすると「ホラ怒られた」と言って知らん顔です。
子供は注意されたことに不満気で、お店の人を上目づかいで見ています。
子供たちはなんで怒られたか、きっと正確に理解でき無かったとおもいます。 「お店の人が怒らなければよかったのに・・・」と思っているだけでしょう。
お店の商品は売りもので、自分の物ではないのだから大切に扱わなくてはいけないことや、お店の引き出しなのだから勝手に開けたりしてはいけないし、指を挟む危険性などをちゃんと説明してあげず、「お店の人に怒られるから」ではやってはいけない理由が違ってしまうのではないでしょうか?!
「何故してはいけないこと」なのかを説明しないでお店の人のせいにしてしまっては、子供の頭の中で「なぜいけない事なのか」を理解しないまま、「お店の人に怒られるから」で終ってしまい「怒られなければやってもいいこと」になってしまうように思えます。
説明するのが面倒くさいのか、母親の頭の中でも理解していないのかわかりませんが、今やったことに対してリアルタイムで「やってはいけない理由」を「誰かに怒られる」からではなく、「何故怒られるのか」「何故やってはいけないのか」をしっかり教えてあげることが大切ではないかと思います。
|
|

|
ある日H君は、友達のE君と万引きで補導されました。
補導されたお店に2人の母親が引きとりに行き家になんとか帰されました。
H君の家では母親が、「店の物をとるのは窃盗で、法律で罰せられることだよ!たとえ一円のものでも店や人の物はとってはいけない事でしょ」と、こんこんと叱っていたところへE君の両親がやってきました。
「うちのEは万引きをするような子ではありません!聞くところによるとH君が誘ったらしいじゃないですか!どんな教育をしているんですか?お宅は・・・。全くうちの子の将来をどうしてくれるんですか?金輪際、うちの子には付き纏わないで下さい!」
と、一方的に怒鳴って帰りました。
誘った方も誘われた方も、結果的に一緒にやれば同罪ではないでしょうか?!
親子で人もせいにし、相手を責めることよりもっと大事な問題が在るのではと思います。自分たちのとった行動を認め、何故やってはいけない事なのか理解させるべきではないでしょうか?!
また子供同士の付き合いを絶つことより、「友達だったら悪い事をやりそうなら一緒にやるのではなく止めるのが本当の友達」ということを教え、考えさせるべきだと思います
そして親同士もコミュニケーションをとり、2人の子供たちが経験した事をステップアップさせていくようにアドバイスをしていく関係のほうが良いような気がします。
|
|

|
昔から「うちの子に限って」という言葉があります。
学校などで問題を起こし、親が呼び出されると「うちの子に限ってそんな事は絶対しません!」と泣き叫ぶパターンが多いいです。
ある中学校の先生が、入学式の日に親に言いました。
「家庭で良い子が学校でも良い子とは限りません。学校でよい子が家庭でも良い子とは限りません。人はあらゆる顔を持っています。」
そうなんです。人はあらゆる顔を持っているのです
親の前、友達の前、彼氏・彼女の前・・・
いくら自分が生み、育てたとしても子供たちは色々な顔(態度)を持っています。
親だって同じです。
夫(妻)の前、子供の前、友達の前、近所の人の前、学校関係の人の前等・・・
やはり色んな顔を持っています。
色々な顔を持つことは決して悪い事ではなく、人間としての成長ではないでしょうか?!怖いのは悪い顔の部分を見ようとせず、「うちの子に限って」と言って良い部分の顔だけを見て信じきってしまう事ではないでしょうか?!
自分にとって一番都合の良い「良い子の顔」しか見ない、信じないでは、子供は心の中で「本当は何も知らないくせに・・・」と舌を出して笑っているかもしれません。
どんな顔も自分の子供の顔なのだと冷静に見る目と、もし悪い一面が見えた時は子供と向き合って話し合い、よい方向へと導いてあげるべきではないでしょうか?!
|
|

|
Y君は今年で3才です。
その日Y君は母親と一緒に買い物に出かけました。
夢中になって買い物をしている母親にY君は言いました。「ママァ、おしっこォ・・・」「でる・・でるよ・・」「ママァ・・・」
すると母親はうるさそうに、「紙おむつしているでしょ」と言うだけで振り向きもしませんでした。
一緒にいた友達が思わず「エッ、まだおむつしているの?」と聞くと、「何言っているのよ、小学生になるまでおむつが取れない子は居ないんだから大丈夫よ」という答えが返って来ました。
結局Y君はトイレ」に連れてって貰えませんでした。
通常おむつのトレーニングは2才を目安に始めます。
確かに小学生になっておむつをしている子はいませんが、だからといって安心していても良いのでしょうか?
ましてやせっかく子供が教えているにもかかわらず、親の都合で怒っては子供はどうするべきか判らなくなってしまいます。
時に「おしっこ」と教えては怒られ、時に教えなくては怒られでは小さな頭で混乱するだけではないでしょうか?!
育児はマニュアル通りやれば良いとは思いません。
ただせめて子供が何か成長しかけ、母親の手を借りなくてはステップアップできない時は、自分の都合より子供に手を差し伸べてあげ、その成長をうんと誉めてあげるべきではないでしょうか?!
|
|

|
Dちゃんは3才の時からピアノを習っています。
週に3日は先生に習いにいき、他の日は家で母親とレッスンです。
母親とのレッスンはクラシックの音楽鑑賞から始まり、今の課題曲をミスが無くなるまで何回も弾くことです。
Dちゃんは本当はピアノを弾くことよりももっと好きな事、やりたい事があったのですが母親が許してくれません。
ピアノは母親の夢でした。
Dちゃんの母親が小さい時、ピアノが習いたくても行かせてもらえませんでした。
「自分の子供は絶対にピアニストにさせよう」と思っていたのです。
Dちゃんが高校生2年の時です。
「お母さん、私はピアノを辞めたいの。ピアニストになんかなりたくないよ。本当は美容師になりたいから、高校を卒業したら美容学校にいきたいの・・・」
「じゃあ一体なんの為に今までやっていたの?今までやってきたことが全部無駄になってしまうじゃない!あなたはお母さんの言うとおりにしていればいいの。ピアニストはお母さんの夢なんだから!」
次の日からDちゃんは二度とピアノを弾こうとはしませんでした。
母親が「せっかくここまで頑張ってきたのにもったいないじゃない」「あなたには才能があるのだからここでやめたら何にもならないでしょ」「あー今までかかったお金はどうするの」そして「ここまできて裏切られたわ・・・」という言葉を嘆きました。
親の夢と子供も夢が必ずしもイコールになるとは限りません。
でも親の夢が子供の才能を引き出すきっかけになる場合もあります。
問題は子供が自分自身で新たな夢を持った時です。
いきなり否定ばかりするのではなく、その夢に対して真剣に話を聞くことや相談に乗ることが必要な気がします。
自分が何をしたいのか、将来何になりたいのかは本人の問題で、親の夢を押しつけられるのは迷惑な話の様に思えます。
「今までやってきたことが無駄になる」・・・無駄になる様なことをさせていたのでしょうか?何かの形で得たものもあるのではないでしょうか・・・
「お金がもったいない」・・・お金で夢は買えません。お金を引き合いに出されても子供には迷惑な話ではないでしょうか・・・
「裏切られた」・・・子供にとって、裏切ったつもりはないはずです。親の夢と子供の夢が違うと(違う夢を持つこと)は裏切りなのでしょうか・・・
親の夢を押しつけることより、子供の最大限の可能性を引き出すアドバイザーとなってあげるべきではないでしょうか?
夢を持つことは素晴らしいことです。
子供が夢を持つことは人間として成長している証拠です。
温かく見守るのも親の愛情だと思うのですが・・・
|
|

|
某スーパーの下着売場に、一組の親子連れがいました。
子供は4才ぐらいでしょうか、床においてある母親のバッグと買い物かごのところでしゃがんで母親の買い物を待っていました。
母親がお店の従業員の一人に何かを話しかけた時、子供に何か合図を送りました。
・・・するとその子供はいきなり棚にある下着を買い物かごではなく、母親のバッグの中に詰め込んだのです。
話をおえた母親は、何食わぬ顔で今度は売場の隅で子供用のパジャマをやはり自分のバッグにいれました。
その時子供は、しっかりと「見張りの役割」をしていたのです。
それから二人はしばらく売場をまわり、買い物かごにちゃんと入っていた靴下だけを買って帰りました。
ある専門店ビルで、Eさんは万引きで補導されました。
Eさんは40代の主婦で生活に困っているわけでもないのですが、ブランド物の子供服はかわいくて着せたいけど高いし、子供は成長してすぐに着られなくなるからもったいないということで万引きをしてしまったのです。
初めて保安員につかまり、泣きながら訴えました。「ほんの出来心だったんです。2度としませんから警察と家族には言わないでください」と・・・
その日Eさんは、厳重な注意を受け帰りました。
それから1週間後、Eさんは又補導されました。
今度はEさんの家から5つ先の駅にある某百貨店でしたが、そこでは警察に通報されなかったものの家族には引き取りにきてもらう事になったのです。
ご主人が引きとりに来たのですがその後ろに百貨店の制服を着たEさんの長女が立っていたのです。
娘の働いている百貨店でEさんは万引きをしていたのです。
結局Eさんの娘は仕事を辞めざるおえなくなってしまいました。
万引きだけに限らず、「してはいけないこと」を親が率先してやっているとその子供たちはどうなるのでしょう・・・
子供が小さければ親がやっていることを鏡とし正しいことと疑わず真似をするでしょう。たとえ他人にいけない事だと注意されたとしても「何故いけないのか」理解できないのではないでしょうか?!
また、子供はちゃんとした常識をもって育っていて、そんな親の行動を知った時どんな気持ちになるでしょう・・・
確かに反面教師になるかもしれませんが、「あんな風にはなりたくない!」と思われるようでは親として悲しいことだと思います。
それに親の無責任な行動に対して、少なくても何かの形で子供に振りかかってくることもあるのです。
親が歩きたばこをして吸い殻をに道端に投げ棄てるのを見て育った子供はそれが当たり前と捕らえ、道端にゴミでもなんでも捨てるようになります。
「そんなことはしてはだめ!」と子供に言われて、「やだ・・・叱られちゃったわ」とか「子供のくせに生意気な子というんじゃないの!」などですますのではなく、やはり親がまず手本になる様にすることが必要ではないでしょうか?!
子供はいつも親の背中(生き方)を見ているのですから・・・
|
|

|
最近S君は、学校でM君に無視されたり、仲間はずれにされたりしてて落ち込んでいました。
S君の母親は思い切って「お宅のお子さんがうちの子をいじめるらしいのだけど、何とか言ってもらえないでしょうか・・・」という電話をM君の母親にかけました。
M君の母親は「でも子供の間のことでしょ・・・親が口出ししてもねぇ・・・それに苛めるって言っても、そちらのほうで何か苛められる原因でもあるんじゃないのかしら・・・どうせ子供同士のけんかなのだからほっとけばいいじゃない!すぐ親がでてくるなんて過保護よねぇ・・・」と言って電話を切ってしまったのです。
それから1ヶ月後、今度はM君の母親から電話がきました。
「うちの子がお宅のS君たちに苛められているって言っているのだけども、いったいどうなっているの?もう学校にいきたくないって言っていて大変なのよ!親なら友達を苛めないように注意してちょうだい!」と言われたので、M君の母親はいぜんS君の母親に言われたことと同じように「子供の間のことですし・・・」と、答えたのでした。
すると何日か後、緊急保護者会が開かれました。
M君の母親が、学校の先生に抗議をしたのです。
M君の母親は涙ながらに、自分の子供が如何に苛められ、学校に行きたがらなくなるほど辛い思いをしてか、それなのに相手の親は知らん顔をしていることを訴えました。
そんな中、「うちの子は以前、M君に苛められて悩んでいました。でも、お宅に電話した時とり合ってもらえませんでしたよね」「うちの子も同じです。M君に仲間はずれにされたって・・・」と、何人かの母親が言い出しました。
今回M君は、今まで苛めていた友達にどうやら仕返しをされていた様でした。
S君の母親も、「苛められる子にも問題があったのでは・・・」と思わず言ってしまいました。
M君親子に「因果応報」「目には目を、歯には歯を」という言葉が、降りかかってきたのでした。
「やられたからやり返す」を認める事より、本当に必要なことは相手に対する思いやりで、「自分がされて嫌だったことは、友達にはやってはいけない」という教育ではないでしょうか?
又、自分が苛める立場のときには平気なのに、自分が反対の立場になると相手のことは許せずに大騒ぎにしてしまう・・・人にやったことは自分にとってささやかな事かもしれませんが、相手にとっては一大事に思えることが沢山あります。
そして、同じことを自分にされると、今まで自分がやった事はすっかり忘れ、相手の事だけ恨む傾向が誰でも有りがちな故に気を付けたい事だと思うのです。
今の世の中、いじめは大人の間(親同士)でもあります。
そんな時、子供の間だけの問題ではなく、親サイドも他人事とせず、人の痛みをわかる心を持ち、責め合うのではなく「子供たちに各家庭で、どう指導をしていくか」を相談していくようにしたほうが良いのではないでしょうか?!
|
|

|
Jちゃんは中学2年生です。そろそろ洒落っ気も出てきて、流行にはずいぶん敏感になってきました。
今時の中高生は、海外ブランドを持つ事がステータスのようで、当然、Jちゃんも欲しくなりました。
「みんな持ってるんだから〜お願い!プラだの財布か、グッチの財布、買ってぇ〜!!」
から始まり、次から次へといろんな海外ブランドの名前を出してきました。
母親は「この年で持つには、高価過ぎではないだろうか?!」と、首をかしげました。 Jちゃんには何を言っても「みんな持ってるのにィ・・・」の答えばかりで話しになりませんでした。
母親は考えた結果、プラダの財布をディスカントショップで買ってきました。
「このお財布に似合う女性になる為に、自分を磨いて下さいね」という、メッセージを添え手渡しました。
むかしから、プラダ、シャネル、ヴィトン等は高価なブランドでした。
それらのブランド品は、気品と知性、教養、それらを兼ね備えた大人の持ち物とされていたにもかかわらず、今では十代の、金髪(茶髪)の子供たちが主流になって持つようになっています。
本当に「分相応」な持ち物なのか疑問です。
彼女(彼ら)がどんなにかっこよく見せても、なんとなく1980円ぐらいのものにしか見えないのは私だけでしょうか
結局「分不相応な物」だから高価に見にえない、似合わないになるような気がします。
|